(司会者、『ここで泳ぐな!』を立てる。下手からおじさん登場。続いておばあさん登場) |
おばあさん | 「何釣ってるの?」 |
おじさん | 「今来たばかりなので」 |
おばあさん | 「この川は、魚いないんだけどね。昔はいたけど今じゃあ見たことない。どこから来たんかい? 誰かに聞いて来たんかい? いないよ、ここは」 |
おじさん | 「今来たばかりなので」 |
おばあさん | 「ほんとに魚いないんだって。いうこと信じないの? どこから来たか知らないけど、こんなあぶくが出るような川に魚いるわけないでしょ」 |
おじさん | 「釣れなくても、いいんです」 |
おばあさん | 「何かあるの? こどもにいたずらされちゃかなわないからねえ。釣しに来たんじゃなくて、何しに来たのよ。怪しいねえ」 |
おじさん | 「別に怪しくありませんよ」 |
おばあさん | 「魚がいないって言っているのに、何で釣やめないのよ。おかしいじゃないの。この道、小学生も通るから。変ねえ」 |
おじさん | 「ですから、釣り趣味なんで、ひょっとしたら魚がいたりしてと」 |
おばあさん | 「本当に? だったら、魚いないんだから、片付けて帰ればいいじゃないの。やめないの? しつこい人だね。やっぱり、何かあるのね」 |
おじさん | 「ひょっとして魚が釣れるかもしれないじゃないか。迷い込んだ魚がいたりして」 |
おばあさん | 「そんなの聞いたことないわよ」 |
(おばあさんは、捨て台詞を吐いて下手に退場) |
おばあさん | 「ほんとに何しにきたもんだか」 |
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(自転車のベルの音。若い男、舞台中央堤を登って登場) |
若い男 | 「おじさん、ここで釣りするのに、入漁料かかるんだよね。払ってもらいたいんだがね」 |
おじさん | 「ここ、魚住んでないって聞いたけど」 |
若い男 | 「おじさん、釣りしたことあるんなら、入漁料知っているでしょ。釣れても釣れなくても、川に釣り糸垂らしたら、払ってもらわないとね」 |
おじさん | 「だから、魚住んでないって聞いたけど」 |
若い男 | 「そんなの知らないね。現におじさん、釣りしているじゃないか!」 |
おじさん | 「ここの漁協って、何て言うんだい? 看板も何もなかったけど」 |
若い男 | 「中町漁協だよ。さあ、3000円。領収書は、今手持ちがないから、誰かに聞かれたら、中村に払ったって言って」 |
おじさん | 「領収書も出ないなんて、偽者かも知れないじゃないか」 |
若い男 | 「この辺じゃ、みんな知り合いさ。証明書なんていらないんだよ。嫌ならさっさと帰れよ。釣りなんかするなよ」 |
おじさん | 「この川は、あぶくが出て、魚住んでないって、さっき地元のおばあさんが言っていたけど」 |
若い男 | 「ひょっとして、魚いるかもしれないじゃないか。おばあさんは、釣りなんかしないから、知らないだけじゃないの。とにかく、さっさと金払えよ。今、魚がつれたら泥棒だからね」 |
おじさん | 「この川に漁協があるなんて、聞いてないけど」 |
若い男 | 「おじさん、初めてだから知らないの。おじさんの聞いていないこと、世の中にいっぱいあるでしょ。総理大臣だって聞いていないことあるんだから、自慢にはならないよ」 |
おじさん | 「そんなこと言われても、本当かどうかもわからないし。もし、嘘だったら・・」 |
若い男 | 「疑うんだったら、釣やめればいいじゃないか。何も釣りするなって言っているじゃないんだから。ごねるんだったら、実力行使。強制排除だよ」 |
おじさん | 「払うよ。ティッシュでもいいから、領収書書いておくれ」 |
若い男 | 「自転車にティッシュあるから」 |
(若い男、退場。おじさんついて堤を降りていく) |
おじさん | 「じゃあ、3000円」 |
若い男 | 「はい。領収書。これだから、中年親父はいやだね」 |
(おじさん、ティッシュを持って再登場) |
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(下段の下手に、こども、登場) |
こども | 「おじさん、お金払ったでしょう。嘘に決まっているじゃん。馬鹿じゃないの。こどもには、気をつけろって言うくせに、自分は怖くて払ってやんの。人のときばっかり説教してさ」 |
おじさん | 「漁業権というのは、昔からこの川で魚を捕っていた人の既得権でね。誰もが魚を捕れない権利なんだよ。この権利のために、法律があって守られているんだ」 |
こども | 「だって、あいつ釣りなんてしてないよ。魚釣りしていたの見たことないもん」 |
おじさん | 「今は漁業だけでは生活できない人が多いので、他に職業を持っていることが多いんだ。権利を持っていればいいんだよ」 |
こども | 「権利のカードとか見た? 見ていないんでしょう。恐いから、お金出したんじゃないの」 |
おじさん | 「こどもには、まだ社会の仕組みがわからないんだ。偽者か本物かなんて、私ぐらいの人生経験つめばわかるんだよ」 |
こども | 「へぇー。俺の金じゃないからいいけどね。本当は、取られたんだ。あ、この前ここで魚見たことあるよ。でっかいの死んでいたよ」 |
(こども、退場するがまた出てきて) |
こども | 「川原で干からびたやつも見たことある」 |
(こども、退場) |
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(中学生、下手から登場) |
中学生 | 「どこのテレビ局の撮影ですか?」 |
おじさん | 「・・・」 |
中学生 | 「話しかけちゃだめなのかなあ。遠くから撮っているのかなあ。邪魔ですか?」 |
おじさん | 「撮影なんかしていないよ」 |
中学生 | 「え、ほんとに? だってここ魚いませんよ。こんなところで釣りしているから、絶対撮影だと思ったのに。損しちゃった。・・・。ドッキリとかじゃないの?」 |
おじさん | 「・・・」 |
中学生 | 「誰かに似ているような。スタッフの人隠れていたりして。撮影中なら言ってください。テレビ見るから。テレビの撮影なんでしょう?」 |
おじさん | 「撮影なんかしてないよ」 |
中学生 | 「じゃあ、何で、魚いない川で釣りしているんですか?」 |
おじさん | 「この前、でっかいのが死んでいたとか、川原で見たとかの情報があるんだ」 |
中学生 | 「そんなの一度も聞いたことないよ」 |
おじさん | 「君が何でも聞いているわけないだろう。総理大臣だって聞いていないことあるんだから」 |
中学生 | 「ほんとにテレビじゃないの? 魚釣りなら、もっと違うところすればいいのに。期待した分腹が立つよ。違うなら違うって、はじめから言えばいいのに。今流行の変態だったりして。変な人いますよー」 |
(小走りで中学生退場。おじさん、後を追うように下手に移動) |
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(中年男、上手に登場) |
中年男 | 「何してるんだい?」 |
おじさん | 「あっ、いや、何も」 |
中年男 | 「何もって、中学生が慌てて逃げて行ったようだけど。何かしたんじゃないの?」 |
おじさん | 「ちゃんと入漁料払って、釣りしているだけですから」 |
中年男 | 「入漁料? 誰に?」 |
おじさん | 「中町漁協の、何て言ったかな、えーと、中村さん。3000円ちゃんと払いましたよ。領収書もありますから」 |
中年男 | 「あんたも下手な嘘つくねえ。魚もいない川に、漁協なんてあるわけないだろ」 |
おじさん | 「確かに、払えって言われたんですが」 |
中年男 | 「何か手の込んだことして、女の子にいたずらでもしようとしているんじゃないの? 私はこの辺の安全協会の役員だけど、釣り人って直ぐわかるんだよね。私くらいの人生経験つむと、どう見てもあんたは、釣り人って感じがしないねえ」 |
おじさん | 「さっきの中学生は、勝手にテレビの撮影と間違えて、・・。こっちは何回も違うって説明もしました。向こうが勝手に」 |
中年男 | 「今どきの子は、テレビって言うと、直ぐついて行くからねえ。で、何テレビって? ほんとにテレビなの?」 |
おじさん | 「だから、違うって言っているでしょう」 |
中年男 | 「ふーん。で、何か釣れた?」 |
おじさん | 「何も」 |
中年男 | 「やっぱりな。釣れないの知ってんだろう。知ってて釣りの真似をしてるんだろ。最近は、手口が結構巧妙なんだよね。テレビカメラ持っていたり、車にテレビ局の名前入れたりしてね。はじめはみんな、何もしていないって言うんだよ」 |
おじさん | 「何もしていませんよ。怪しいと言うのなら帰りますよ。帰ればいいんでしょう。金まで払ったのに」 |
中年男 | 「いやいや、いいんですよ。ここは天下の一級河川ですから、誰が何しようと、私にとがめる権限はありません。私も、人を疑うのが仕事ではありません。まあ、年相応に人を見る目ができてくるというか。あなたの行動がちょっと気にかかったものですから。少しお話を聞いただけなんです。どう、私も忙しい身ですから失礼いたします。まあ、一応報告だけはしておきますよ」 |
おじさん | 「何の報告ですか?」 |
中年男 | 「ああ、いやいやちょっと。・・・。釣れるといいですね」 |
(中年男、上手に退場) |
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(下手から偽絵描き登場) |
偽絵描き | 「あいつ結構しつこいのに、案外と早く引き下がりましたね。でも、また来ますよ。場所を変えたほうがいいと思いますよ。同好会のよしみで教えてあげます」 |
おじさん | 「同好会って? あなた、どなたですか?」 |
偽絵描き | 「この辺はいい娘が多いですよ。でも、長くひとっとこにいると怪しまれちゃう。その点、絵描きなんて意外と大丈夫。まあ、絵は好きじゃないんだけどね」 |
おじさん | 「絵やカメラの同好会なんて、入っていないんですが」 |
偽絵描き | 「だから、カモフラージュに決まっているじゃないの」 |
おじさん | 「私は、釣りに来ているだけなんです。何か誤解されているようで」 |
偽絵描き | 「何だよ。その態度は。親切にしてやっているのに、お前だって、釣りって格好して、女の子狙っているんだろう。誰だって気づくぜ。魚のいない川で、釣り糸垂れてちゃ」 |
おじさん | 「私は、純粋に釣りです」 |
偽絵描き | 「この期に及んで、まだ嘘つくのかよ。釣りだったら、もっと釣れるところですればいいだろう。こんな道端で、こんな人が通るところで、誰がつりなんかするんだよ」 |
(偽絵描き、退場しようとするが、振り向いて) |
偽絵描き | 「嘘つき野郎。危なくこっちのネタ喋っちまうところだった」 |
(偽絵描き退場。退場した絵描きに向かって) |
おじさん | 「私は、安全協会の役員やっているくらいで、あんたの考えているようなことやる気はないよ」 |
(下段下手から偽絵描き登場) |
偽絵描き | 「随分な言い方するねえ。いいさ、お互い捕まらないように、くれぐれも。あんたみたいに、最後まで白を切らないとね。勉強になったよ。嘘つきは、最後まで嘘つきでなくちゃね」 |
おじさん | 「だから、違うって言ってるだろう。今日は、本当に釣りしにきたの」 |
偽絵描き | 「立派、立派、あんたは立派!」 |
(偽絵描き退場) |
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(下手から自殺志願者登場) |
おじさん | 「何か、探しものですか?」 |
自殺志願者 | 「人生」 |
おじさん | 「深いなあ」 |
自殺志願者 | 「わかってもらえますか?」 |
おじさん | 「無理。人生なんて形がないものに、時間をかけていられない。せいぜいトイレの中で考えるだけ。水を流せば、すっきりとおしまい」 |
自殺志願者 | 「もう、死にたいんです」 |
おじさん | 「この川じゃ、重しつけなくっちゃ、直ぐ浮かんでくると思うよ。あぶくがいっぱい出ているからね。飲むと体に悪いし。魚も住まないって、地元の人が言っていたから」 |
自殺志願者 | 「そうですか。途中で、油もすごかったし、底見えないんですよ。虫も飛んでいないんですよね」 |
おじさん | 「この川は、魚住めないの。虫の死体だって見たことない」 |
自殺志願者 | 「でも、さっき見ましたよ。鳩とか、猫もいたし、犬は見なかったなあ。・・」 |
おじさん | 「そう言ってもね。鳩や猫がいても、野生のものがいなければ、生き物いるってことにならないんじゃないの。ましてこんな川に、幻の魚っていうのは、・・。もともといるのがわかっている魚のことだからね。この川じゃ、幻も見れないと思うよ」 |
自殺志願者 | 「じゃあ、おじさん、何で釣りしているの?」 |
おじさん | 「話し相手がほしいから」 |
自殺志願者 | 「え? 深いなあ。わからん」 |
おじさん | 「仕事もない、家族とも話せない、近所ともどうもね。一日中、一言も話さないってこと、続いたことある?」 |
自殺志願者 | 「ありません。それほど人生やってませんから」 |
おじさん | 「人と会話するって、結構難しいんだよね。自分のことばかり言っていると嫌われるし、人のことばかり聞いていると疑われるし、黙っていると暗いって避けられる。とにかく人付き合いは難しい」 |
自殺志願者 | 「それでもう、死ぬしかないと」 |
おじさん | 「そういう選択もあるね」 |
自殺志願者 | 「おじさんは?」 |
おじさん | 「人が話してきそうで、長い話にならずに、少し話すと行っちまうような、そんな場所で待つこと」 |
自殺志願者 | 「じゃあ、魚釣りじゃなくて、人釣りですか?」 |
おじさん | 「キャッチ・アンド・リリース」 |
自殺志願者 | 「なるほど」 |
おじさん | 「こんなことでもしていないと、話し相手いないんだよね。さて、帰るとするか」 |
(釣り道具を片付ける) |
おじさん | 「じゃあ」 |
(おじさん、退場。自殺志願者、意を決して上手から川に飛び込む) |
自殺志願者 | 「あ、あっぷ、あっぷ・・。あっ、はぁはぁはぁ、ふうふう、・・」 |
(岸にたどり着いた自殺志願者、『ここで泳ぐな!』の立て札を『完』に替える。終わり) |