9、推理的要素がある
9、推理的要素がある
別の映像が浮ぶ
何でもないような歌を聴いていて、何でもない歌を歌っていて、急に涙が出てきたりします。その歌の内容とは関係なく、別の映像が浮かんできて思い出すことがあります。本を読んでいるのに、その文字だけを追っていて、別のことが頭の中をよぎります。ストーリーが進行しているのとは別に、心の中で別のストーリーが展開しているのです。一つの絵や言葉から、いろんなことが浮かぶこともあります。その絵本とは関係ないものを呼び起こすのです。人それぞれ、人生経験は違うので、その絵本の中に何を見るかは違います。
絵本の中のキーワード
何でもない絵本の中に、その人にとっては大変重要なキーワードが埋め込まれています。こどもたちの絵本を見る目もそれと同じで、日常生活で体験したことを絵本の中で追体験します。こどもたちの成長具合や、その絵本を見たときのタイミングによって、その絵本に対する感情が沸き起こります。時には、感情がその絵本絵の執着へと導きます。大人になったとき、その人にとってその絵本が、一冊の「大切な絵本」として残るのです。
プレゼントの絵本
大切な絵本は人それぞれ違うのですが、実は人は皆、よく似た追体験をするものです。自分だけと思っていたものでも、隣を見るとその人も同じような経験があり、大切な絵本が同じだということもあります。だから、話し手の大好きな絵本が、そこにいるひと全員ではないが、何人かにとってはその絵本は大切な絵本になっていますし、これからなろうとしています。自分だけの思い入れだけで読んでいると不安がらないでも、自分が手を上げたいと思っているときには、誰かもまた手をあげたいと思っているものです。そう考えると、実際手を上げようか上げまいか迷っているとき、手を上げることの後押しをしてくれます。誰かが読みたい聴きたい絵本が、あなたの手の中にあるとき、その絵本もみんなの前で読んでほしいと思っています。
推理小説を読むように
推理小説を読んでいるわけでもないのに、聞き手の心の中を推理しながら、話し手は知らずにその絵本を読んでいます。一つの推理小説の中に、もう一つのドラマがあるように。
「うんこ」と「おなら」
うんこやおならは、臭いものの代名詞です。それを日常会話に挟むのは、はばかられる場合も多いものです。一番身近なものでも一番遠くに追いやられます。だけど絵本なら堂々と笑いにして主人公にできます。主人公になっていいものです。おならを我慢してはおなかを壊してしまうこともあります。身体的にも精神的につらいものがあります。気になるうちは、トイレでは音消し器などがいいかもしれません。消音と節水を同時に実現させることができます。
誰でもみんなうんこやおならはするものです。特にうんこやおしっこをしなかったら、人間は死んでしまいます。体のつくりがそのようになっています。まるで一本のホースのように一方の口からものを食べ、もう一方の方から排泄するのです。臭いものに蓋をして目をつぶることはできません。恥ずかしいことではないのに転失気(てんしき)のような落語(てんしき)が生まれます。ここでもまた住職の推理が面白おかしく語られます。
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